戦士の遺書
回りの政治家を見ながら思う。「慎重そう」に見えて、慎重なのはいい。「思い切りがよさそう」に見えて、思い切りがいいのも心地がいい。最悪なのは、日頃から「オレは武闘派だ」とか、「常に政治生命を賭けて活動している」みたいな顔をした政治家が、肝心な時に「カッコいい」理屈をつけて動こうとしない「臆病者」だと分かった時。これは、ガッカリする。(笑)自分を守ることばかり考えている政治家に、世の中を動かす「インパクト」なんて生み出せるはずがない。河野太郎を「ドンキホーテだ」と批判する前に、「まず評論家をやめろ!」と言いたくなる。
最近、文春文庫の「戦士の遺書ー太平洋戦争に散った勇者たちの叫び」(半藤一利著)という本を読んだ。登場する27人の軍人たちの中で特に印象深いのは「海軍大将・山本五十六」のエピソードだった。連合艦隊司令長官だった山本五十六の信念は「けっして英米と戦争してはならない」ということだった。「山本の…志とは何だったのか…。英米を相手に戦って勝つことは出来ない。それは亡国への道だと、およそ軍人らしからぬ腰抜けの論を臆せずに言うことだった」と書いてある。
山本大将が戦争直前に島田重太郎海相に出した手紙の中で、自らが進言した真珠湾攻撃作戦を「桶狭間とひよどり越えと川中島とを合わせて行うようなやむをえざる羽目」と評したことも紹介されていた。つまり、山本大将にとって米国と対峙する唯一の方法が「短期決戦による有利な条件での和平」だった。このために、戦いが始まってからの山本五十六の戦法は「求めて戦いにいくような性急さと激しさでおし通された」と解説してあった。ふうむ。あれほど反対した戦争を自ら指揮しなければならなかったジェネラル山本の心境とはいかなるものだったろうか。生前の書簡から伝わってくるのは、最後の覚悟を決めた最高指揮官の「心の葛藤」だ。
最も心に残ったのは次の一文だった。「山本五十六という軍人は、当時の海軍軍人の考えとはまったく違うところで戦争を考えていた。現場指揮官である山本は、表面的にみると海軍中央の命令には違反してはいない。しかし心の中ではこれを無視し、『自分の戦争』を戦い、死に場所を求めていたと考えれられる。」うーん。歴史のカリスマである連合艦隊司令長官とちび政治家を比べることさえ失礼だが、これは総裁選挙に臨む自分の心情と近いものがある。それにしても、あの戦争は「あらゆる意味で」間違った戦争だった。これだけ優秀で現実的な人々がいたにもかかわらず、なぜ「亡国の戦い」に突っ込んでしまったのだろう。
自民党の外交部会で「あの戦争」についての「総括」をやろうという話が持ち上がっている。そういえば、政治家同士でちゃんと議論したことって、ないなあ。







